08 2016

憂鬱な時は

鬱ってきた。

何がどうとかじゃなくて、
理由も何もなく、気分だけが鬱だ。

憂鬱な事を考えるから、憂鬱に
なるのではなく、憂鬱だから憂鬱
な事を考える。

頓服飲んだ。

しにたいとか自分を傷つけたい
とか、生きてるのが嫌だとか、

今は、そんなことも考えない。

気分だけが鬱。

何を尺度でもって憂鬱だという気分
を測っているのだろう?

何をしても笑えないとか、
楽しくないだろうな、という感覚はある。

誰かの気分を悪くしてやりたいと
いうような、投げやり的な攻撃性も感じる。

全く動けなくなり寝込んでしまうような
うつ病の鬱じゃないと思う。

とりあえず、わたしを不快にするものは
すべて排除する。

わたしは、時間単位で気分が大きく
変わるので、2時間後にはまた違う気分に
なってる。

その時になると、憂鬱だった時のことを
忘れるので、ブログに書いておこう。

わたしを産み出したものを、恨む。

この世に苦しさのない場所がないのなら、
最初から存在したくなかった。

生きてれば良いことがあるから。という、
励まし言葉は、意味が分からなさすぎて、
吐き気すら起こらない。

自殺志願者は、死刑執行現場へ連れて行って
誰にも迷惑をかけないように、できるだけ
苦しまずに殺してあげてください。

どうせいつかすべて消えるから、
意味がなさすぎる苦痛は、味合う必要がない。

でも、ほとんどの自殺志願者は、
本当は生きて幸せになりたくてたまらない。

それを叶えるすべがこの世界には、なさすぎる。


と、いうことを憂鬱な時は考えます。


記録終わり。