07 2016

すみませんでした

昨日は寝込んでた。

なんもしなかった。

今日は動けるようになったので
病院に行ってきた。

先生とは、病状の話より
薬の話をする。

わたしが色々質問するからだと
思うけど。

茨城の頃先生のような患者の精神分析には
長けてないけど、薬の処方はうまいと思う。

消極的な最低限の薬しか処方しないけど、
金儲けのために薬バンバンだしまくる
医者よりマシ。

劇的によくなることはないけど、
自殺に追い込まれるほどの調子の悪さで
はないのだから(今生きてるので)
ゆっくり治していくしかない。

つらくないような日々が過ごせるように
なりますかね。と質問したら、

わたしはそうなると思ってます。

と仰っていた。

~さんが諦めない限り大丈夫です。
とも仰っていた。


病気のこともあるけど、
死ぬほど傷つける感じで離婚してしまった
元夫を思うのがつらい。

不思議と楽しかったことや、大好きだった
ことしか回想できないし、
もうあの日々は帰ってこないのだと思うと
涙が出てくる。
何も悪いことしてない人を傷つけておいて
自分は幸せになることは出来ないだろう。

じゃあなんで結婚生活を捨ててしまったのか
と問われても、明確な答えが出てこない。

最後らへんは、閉鎖病棟に繰り返し入院したり
自殺をほのめかして家出したり、
隠れて腕をかみそりで切ったり、
家事もまともに出来てなかったし、
なのに、暗い心の内を家族にさらけ出すこと
ができなかった。

ほんとに最後の数日前は、ちょっとだけ夫に
義父母との関係のつらさや病気のつらさを
本音で話すことが出来たけど、もう遅かった。

作り笑いじゃなくて、一緒にいて
心から楽しかったし、愛おしいと思ってたし、
だけど、自分の病気の面での辛さを
打ち明けられなくて、
辛さの行き場がなくなって
しまった。
もっともっと
色々話せばよかったと思う。

お義母さんやお義父さんのことも
思い出す。

本当の娘のように接してくれたし、
色々教えてくれた。

本音の本音で言えば、
じぶんが嫁でいることが申し訳なくて、
孫も産んであげられないし、
病気も悪化してくし、
家にいるだけで罪悪感でいっぱいだった。

史上最低の自己中心的考えから、
逃げるように家を出て東京に行った。

別に東京に思い入れはないけど、
とにかく生活から、逃げたかったから、
遠くに行きたかった。

何人かの人にそれを打ち明けたら、
一人のひとが大阪から
東京に行くから会いませんか
というので、会った。

4.5年くらい前から
メールや電話で話したことが
ある男性で、わたしは結婚してたし、
恋愛感情は持ってなく、病気の相談を
よくしてた人だった。

その時点では、離婚するしないは考えて
なくて、ただそのまま生活を続けるのが
苦しかったから、東京で考える時間を
設けたかった。

数日その男性と東京で過ごしてたが、
茨城に帰る勇気が次第になくなっていった。

夫と話したり、茨城の
家族を思い出したりすると
胸が痛くなって、涙でるし、
パニックになったが、
茨城に帰るという選択肢が次第に
なくなっていった。

わたしはいま独身だけど、つらい。
でもそのときは離婚したら楽になるのだと
いう考えに頭を占領された。

東京で一緒に過ごした人は
わたしの病気の深い深い面を理解した。

夫が理解してくれなかったわけじゃなくて、
精一杯理解しようと努力してくれたし、
わたしが深い暗い面の
心のうちを話さなかったのと、
あくまでも健常者である夫には理解しかねる
部分が大きかったと思う。

東京にずっといるわけにいかなくて、
そのまま大阪に行った。

恋人関係というよりは、わたしの親のような
感じに思ってる東京で会った人と今
一緒住んでる。

離婚手続きが済まないうちに他の男性と
会ったり、話し合いもしないまま急に
家を出たり、貯金を勝手におろして
滞在費に使ったり、筋の通らないことを
沢山してすみませんでした。

元夫はいまでも愛おしいです。
心配でたまらないです。

思ったことをそのまま書いてるので、
かなりの自分の糞さが露呈したけど、
しょうがない。

ずっと苦しませてごめんなさい。

本当の自己中でごめんなさい。

恩返しなにもできなくてごめんなさい。

一緒にいて愛してくれてありがとう。

でも一番はごめんなさいです。

憎んでください。

あんな糞いなくなって清々したと
思ってください。

これ書くことによって、また傷つけたら
と思うと、つらいけど、
ありのままを書きました。